プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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 マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカ2:6b-7)。
  
 ルカが伝える主イエス誕生物語を読みつつ、数年前、前任地秋田楢山教会で過ごしたクリスマスの日々が思い起こされた。以下に、その頃書かれた一文を紹介したい。 
 
 「アドベントクランツのローソクに四本、灯りが点りました。今年、アドベントクランツは祭壇の奥、十字架の下に置かれました。私が着任して以来、アドベントクランツの場所はいろいろ移りました。その変化の後を辿ると、私たちの教会がイベント型教会から礼拝型教会へと転換した、その足跡が見えてくるように思います。
 いつ頃からだったでしょうか。おぼろげな記憶なのですが、私が小学生の頃、テレビ画面にクリスマスケーキを買って家路を急ぐサラリーマンの姿を見るようになりました。この国が豊かさへの坂を駆け上がっていた頃から、キリスト教国でもない私たちの国で、クリスマスを楽しむイベントが町中に溢れていきました。クリスマス、特にキャンドルの灯りが点されたイブ礼拝は、そうした人々が教会に足を踏み入れやすい時となりました。
 教会もその人々を受け入れるために様々なイベントを企画しました。そうした流れに逆らうように、私たちの教会では5年前からイブ礼拝を、十字架のキリストを描き出す聖餐礼拝として祝うようになりました。この変化は、イベント型教会から礼拝型教会への転換を図った私たちの取り組みをもっとも象徴するものとなりました。そして、アドベントクランツが今年、祭壇の奥、十字架の下に置かれたことで、礼拝型教会への転換はある地点に到達したように思います。

 礼拝型教会を目ざした私たちの歩みが到達したある地点とはどこか? それを象徴するような新鮮な驚きを覚える〈事件〉が我が家で起きました。私はそれを敢えて〈事件〉と呼びたいのです。事件とは、牧師館の玄関に掲げられている聖画カレンダーのことです。聖画カレンダーの12月の題材が受胎告知でもなければ、馬小屋の情景でもなく、野宿する羊飼いたちや三人の博士たちでもなく、〈ピエタ〉、すなわち十字架から降ろされたキリストが母マリアの腕に抱きかかえられている彫像(ミケランジェロ作)なのです。何度も確認しました。確かに12月のカレンダーでした。クリスマスの月、このカレンダーの制作者は、母マリアがその腕に抱いているのは、生まれたばかりの嬰児イエスではなく、十字架のキリストとしたのです。それは雷に打たれたような衝撃でした。そして、その絵を見た瞬間、私は、私たちが目ざしてきた礼拝型教会の形がここにあることを知りました。
 祭壇の奥、十字架の下で灯るアドベントクランツは、この絵と重なるのです。十字架のキリストをその腕に抱く母マリアと重なるのです。ここにクリスマスの秘義があるのです。私たちがイブ礼拝を聖晩餐にあずかりたいと強く願った思いがここにあるのです。
 実は、このような思いを抱いたのは私たちが最初ではありません。宗教改革者マルティン・ルターが作詩したクリスマスの讃美歌(讃美歌第二編96番)に、こんな歌詞のものがあります。『今こそ来ませ、諸人救う、きよき御母のくすしきみ子よ。御座(みくら)を去りて御殿(みとの)を離れ、神の益荒男道に出立つ。父よりいでてまた帰ります、陰府にもおよぶみ足のあとよ』。
 ルターは、天より降る御子の足跡は陰府にまで及ぶとしたのです。そこにクリスマスの秘義を見たのです。確か、キルケゴールの言葉であったように記憶しています。空を舞う小鳥たちや野原を行く乙女たちがソプラノで『神は愛なり』と歌う傍らで、犠牲とされ給いし御子は、深き淵の底よりベースで『神は愛なり』と歌う。
 このクリスマス礼拝で私たちも、犠牲とされ給いし御子の、深き淵の底より声、『神は愛なり』」を聞きたいと思います。因みに、ルカがここで描くクリスマス物語は、ベースの響きで『神は愛なり』と歌っています。御言にこうあります。『マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである』(2:6b-7)。」

 長い引用になりましたが、ルカは、神の民イスラエルが待ち望む救世主(メシア)が飼い葉桶に身を横たえているとしたのです。メシアのこの低さ、卑しさに十字架を見ているのです。それはこの後、シメオンがマリアに語った預言に端的に描かれています(2:34−35!)。私たちも十字架のキリストから世界を見たいと思います。

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