プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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 「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがと共にいる」(マタイ28:18−20)。

 神の言葉は肉となり、歴史となるとしたマタイ福音書は、本質的には宣教の書である。マタイは彼の宣教的ヴィジョンのゆえに福音書を書いたのである。それは、福音書の結び句、大宣教命令に端的に表現される。ハルナックはこの「大宣教命令」を「傑作」と評した。「わずか四十語で、これより偉大でしかもこれより多くのことを言うのは不可能である」と。
 今日学者たちは、福音書全体がこの最後の言葉を指し示しているという点で一致している。ミヒェルは、マタイによる福音書全体はこの箇所に含まれている前提の視野からのみ書かれていると語っている。つまりここは、「マタイの神学的綱領」(ブランク)、「マタイによる福音書全体の要約」(ボルンカム)、「この福音書の最も重要な関心事」(コスマラ)、「この福音書のクライマックス」(ルツ)なのである。フリードリヒは言う。「マタイはあたかも凸レンズで見るように、彼にとって大切である全てのことの焦点をこの言葉に合わせ、しかもそれを彼の福音書の最後を飾る頂点としたのである」と。 

 わたしは、マタイがその冒頭に記した主イエスの系図は、福音書の結び句、「大宣教命令」に呼応すると考えている。マタイは「イエスの生涯(伝記)」を書いたのではなく、危機に置かれていた共同体に、召命と使命(宣教)をどのように理解すべきかについての指針を与えるために福音書を書いたのである。マタイは、教会が危機を脱するのは宣教(28:18−20)によるしかないとしたのである。「世界宣教に乗り出した時ほどキリスト教がキリスト教らしく、またイエスと一体化しており、未来への途上にあったことはなかった」(マイヤー)のである。

 では、マタイは、危機に置かれていた共同体に、主イエスの系図によって召命と使命(宣教)をどのように理解すべきであるとしたのだろうか。同じように教会の危機の時代を生きているわたしたち_「同情的イエスがカルバリーのキリストに取って代わってしまった」(ホプキンス)、「神を信じないさまざまな教会が、今日、倫理会という名称で世界に普及しつつある」(ウィリアム・ジェームズ)、「キリスト者一般の注意が、それまでの間に、横にそれて行ってしまったからである。・・・罪の感覚の衰えは、キリスト教の中心理念を失うことにつながり、それはキリスト教を消滅させてゆく喪失である」(フォーサイス)_にとって、マタイの戦いを知ることは重い意味を持つ。

 マタイが所属していた教会はどのような危機に直面していたのだろうか。現代の多くの学者たちは、マタイはユダヤ戦争の前にユダヤを離れ、異邦人が多数を占めるシリアに定住したユダヤ人キリスト者共同体の一員であると考えている。使徒言行録は、ステファノの事件をきっかけにして、キリスト者に対する大迫害が起こったことを伝えている(8:1以下)。その中のある者たちがシリアに定着したのかもしれない。シリアに定着したこの共同体は、ユダヤ戦争までは、一般的なユダヤ教の文化的・宗教的生活に可能な限り参加していたと思われる。キリスト者はまだ自分たちがユダヤ教と対立する別の宗教の一員であるとは考えていなかったのである。むしろ基本的にはユダヤ教の中の刷新運動であると考えていた。
 しかし、70年代後半から80年代前半になると、状況は一変する。ユダヤ戦争によってエルサレム神殿は灰燼に帰し、ユダヤ人捕虜収容所のあったヤムニアにおいてファリサイ派は、彼らの指導者ヨハナン・ベン・ザッカイとともに、ユダヤ教の再建をはかる。その過程で、ヤムニアのファリサイ派とユダヤ人キリスト者との間に激しい論争がなされた。その結果、紀元85年頃に第12の祝祷文が定式化され、その中で、「ナザレ人(イエス)と異端者(キリスト者)は一瞬にして滅ぼされよ。・・・彼らの名はいのちの書から削除され、正しい者とともに入らせないようにせよ」と宣言されたのである(参 ルカ10:20、ヨハネ9:22)。
 このとき教会は、自己理解に関して前例のない大きな危機に直面したのである。マタイは、根から切り取られた共同体に対して福音書を書いているのである。旧約の三つの大きな歴者著作が、それぞれの民族的危機の中でその歴史を書いたように、マタイもまた、神の救いの計画、その目標がどこにあるかを示したのである。

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