プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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 「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」(マタイ1:19)。

 主イエスの誕生を多くの類似物語と区別する「聖霊によって」と描くことでマタイは何を伝えようとしたのか。“霊”は旧約聖書において、生命を創り出す神の創造力と結びつけられている(エゼキエル37:9−10、14)―ニケア信条は、聖霊を「いのちの与え主」と告白する―。それを端的に伝えているのが、百歳のアブラハムと九十歳のサラにイサクが生まれる物語である。百歳の男と九十歳の女に子供が産まれるなどあり得ない。そのあり得ないことがあった!のは神の介入、聖霊の働きがあったのである。
 そして、この聖霊の働きが秘義にまで高められているのが、創世記2章の、「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」という人間の創造である。同じことが、聖霊によるマリアの懐妊においても起こったのである。言い換えると、聖霊は、“マリア”という土の塵から、パウロの言葉で言えば「最後のアダム」(Ⅰコリント15:45)を創造したのである。
 これとの関連で注目したいのは、パウロがガラテヤ4:4で、主イエスの誕生について語った、「女から生まれさせ」たという表現である。「女から生まれさせ」たとは、人間の貧しさと弱さとを強調する、ユダヤの普通の表現である。然り、聖霊は“マリア”という“土の塵”(人間の貧しさと弱さ)から“最後のアダム”を創造したのである。つまり、イエスは、いわゆる昔の英雄たちの一人ではない! 私たちと同じ一人の人間、さらに言えば、イエスには、「見るべき面影も、輝かしい風格も、好ましい容姿もない」のである。

 一体、イエスの誕生において何が起こったのか。そのことについて一つの示唆を与えてくれるのがヨセフの苦悩である。当時、婚約は法的には結婚に等しかった。したがって「二人が一緒になる前に、(マリアが)身ごもった」とは、姦通と看做され、死罪に当る罪であった。
 ヨハネ福音書に、姦通の現場で捕らえられた女の物語が伝えられている(8:1以下)。律法学者やファリサイ派の人々は女を衆人環視のもとに引き出し、主イエスにこう迫る。「この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」長い沈黙の後、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」とイエスが語ると、「年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまった」という物語である。

 このエピソードに見るように、マリアがヨセフと一緒になる前に身ごもったということは、当時のユダヤ人社会では「石で打ち殺される」べき重罪だったのである。マタイはこの深刻な事態を前にして、「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにすることを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」と描く。マタイはここで、ヨセフの「正しさ」に言及する。「正しい(義)」とは、モーセの十戒に忠実であるという意味である。
 ここを、ヨセフは「正しい人であったけれども」という譲歩的な意味であるとした注解者がいる。それが、「表ざたにすることを望まず、ひそかに縁を切」る決心になっていると。因みに、「表ざたにしない」とは、ヨセフがマリアを「ひそかに」離縁しようとしたという意味ではない。死刑判決を受けることになる「告発をすることなしに」離縁しようとしたという意味である。

 そして私たちはここに、モーセの十戒に忠実なヨセフの「正しさ(義)」の限界を見る。たとい、「ヨセフは(告発する事なく)、ひそかに彼女を離縁」したとして、一体、マリアは、ヨセフから縁を切られて、「父無し子」を生み、これからユダヤ人社会でどう生きて行くというのか。一生日陰者として、隣人の目を避けながら生きてゆけというのか。あのサマリアの女のように(ヨハネ4章)。それくらいならいっそのこと告発されて、この場で石で打ち殺され、死んだ方が、マリアは救われるのではないか。当時のユダヤ人社会で、父無し子を産んだマリアが生きて行ける場所などないのである。
 行くも死、帰るも死、止まるも死というこの状況を打開するのは神である。天の御使が夢に現れて、こう告げたのである。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである!」こうして「おとめが身ごもって男の子を産む」のである。

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