プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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創世記12:4-9、ヨハネ2:13-22、ヘブライ13:7-16
讃美歌 494

 主はアブラムに現れて、言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。」アブラムは、彼に現れた主の為に、そこに祭壇を築いた。
 アブラムは、そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ。アブラムは更に旅を続け、ネゲブ地方へ移った。(創世記12:7−9)

Ⅰ.ヤハウェか、バアルか
 きょう、皆さんと共に裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言は、創世記12章4節以下です。ここには75歳にして神に召されたアブラハムが、約束の地を目指して旅立ち、約束の地に足を踏み入れたときのことが伝えられています。ここから、神の民イスラエルの歴史を経て十字架のキリストに至る、神の救いの歴史が始まるのです。その意味で、アブラハムが約束の地を目指して踏み出した一歩は小さな一歩ですが、人類史にとっては巨大な一歩なのです。
 この段落で特に強く私の心をとらえた一文があります。それは7節と8節に繰り返される、アブラハムは約束の地に入ると、「(主のために)祭壇」を築いたという一文です(参13:18)。私は、異教徒が住む約束の地で主の祭壇を築くアブラハムの生き様は、異教徒の地でキリスト者として生きる私たちにとって大きな示唆となると考えています。神の約束を信じ、この世という異郷の地で祭壇を築きながら旅人として生きるとはどういうことなのか、御言に聞きたいと思います。

 まず注目したいのは、11章27節以下の「テラの系図」です。このテラの系図は、言葉を乱されて全地に散らされたバベルの塔以後の世界の状況__何も生み出し得ない死の世界__を描き出していると同時に、これから始まる救済史、特に族長物語の見取り図になっています。
 実は、学者たちは、アブラハム、イサク、ヤコブは父・子・孫といった血縁関係にあるのではなく、本来別々の伝承であったと証言しています。「我々は、アブラハムの神、イサクの恐れ、ヤコブの強き者の祭儀集団が、本来は別々の集団であったことを想定しなければならない。……これらの集団は……それぞれ別々のパレスチナの聖所と結びついた」(フォン・ラート)と。
 つまり聖書記者は、本来別々であった伝承をこの系図で一つに結び合わせたのです。それを端的に伝えているのが29節、「アブラムとナホルはそれぞれ妻をめとった。アブラムの妻の名はサライ、ナホルの妻の名はミルカといった。ミルカはハランの娘である」です。ここに記された人々の名は、12章4節に始まる族長物語、より具体的には神の祝福の継承者であるイサク、ヤコブの生涯と密接に関係するのです。
 アブラハム百歳の時、妻サラとの間に約束の子イサクが生まれます。その後、「多くの日を重ね老人」(24:1)となったアブラハムは僕を呼び、イサクのために嫁を探してくるよう命じます。そのときアブラハムはカナンの娘を嫁にしてはならないと言ったのです(24 :2b−4)。そこで僕は〈テラの系図〉に出てくる「ナホルの町」に向かい、そこで「ナホルとその妻ミルカの子ベトエルの娘」リベカをイサクの嫁として連れくるのです。
 このイサクとリベカの間に双子の兄弟、ヤコブとエサウが生まれます。時を経て、ヤコブが長男エサウの祝福を奪ったことで、兄弟の間に骨肉の争いが起きます。それを案じた母リベカは夫イサクに直訴し、イサクはヤコブにこう命じたのです。「お前はカナンの娘の中から妻を迎えてはいけない。ここをたって、パダン・アラムのベトエルおじいさんの家に行き、そこでラバン伯父さんの娘の中から結婚相手を見つけなさい」(27:46−28:2)。
 祝福の継承者イサクとヤコブはいずれも、テラの系図に書き込まれた同族の中から結婚相手を見つけるのです。

 祝福の継承者たちの妻はカンナ人の娘であってはならない! そこに流れる精神は民族の浄化、血の粛清(エズラ9−10章、ネヘミヤ9章)ということでしょうか。わたしはここに流れている精神は、ヤハウェ祭儀とカナン祭儀の対決ではないかと考えています。
 聖書によれば、この二つの祭儀が織り合わないことに最初に気づいたのは預言者エリヤでした。エリヤはイスラエルのすべての人々をカルメル山に集め、そこでヤハウェか、バアルかの二者択一を迫ったのです(列上18:21)。この時イスラエルの民は、エリヤが提示した二者択一(ヤハウェか、バアルか)の問いに「ひと言も答えなかった」とあります。それは、犯した罪の深刻さに言葉を失ったからではありません。エリヤの質問の意味がわからなかったのです。人々はヤハウェの名を呼んでいたのです。しかしエリヤは、人々がヤハウェの名を呼びながら願ったのは豊穣神バアルの祝福であると見抜いたのです。
 わたしは、神の祝福の継承者イサクとヤコブの嫁はカナンの娘たちであってはならない、つまりヤハウェのみを神とせよ!は、約束の地に足を踏み入れたアブラハムが、行く先々で「(主の)祭壇を築いた」(7、8。13:18)ことと密接に関連すると考えています。そしてこのアブラハムの在り方は、今を生きる私たちにとっても大きな示唆を与えているのです。

Ⅱ. 人間になる!
 フランスの思想家エリー・フォールは、このときのアブラハムを彷彿とさせる、『約束の地を見つめて』という本を書いています。それは一発の銃声と共に始まった共産革命によって、世界が大きな歴史のうねりに飲み込まれていった時代に書かれました。この人は自分が生きていた時代を、「世界はこの50年以来、その50年以前までに遠い昔から変化してきた以上の変化を遂げている」と語りました。そして、この変化の底にあるものを見つめながら、「現代世界の無秩序から、肯定的なものよりむしろ数々の否定的なものを引き出したい」と言って、この本を書いたのです。この人の眼もまた、大空の下に横たわる世界ではなく、痛みの下に、死の相の下に横たわる世界を見ていたのです。
 ところで、エリー・フォールは「現代世界の無秩序」を、「最高の諸価値に対する感覚を失って、……漂うにまかせている時代」と言い表しました。そして言うのです。「かくてわれわれはいま、前代未聞の世界を前にしている。以前われわれの生存理由が支えられていた一切の価値が崩壊したか、さもなければ再検討されつつある」と。人類がその歴史を費やして獲得した貴重なものを、宗教も哲学も、その他もろもろの価値もあらかた壊してしまったのです。
 この一切の価値が崩壊した前代未聞の世界を前にして、エリー・フォールは言います。「われわれは、要するに人間というものは、普遍的諸関係の全体の中に自分が所属していると信じないかぎり、内面的にも、恐らく表面的にさえも、生きることが不可能であることに気づいた」と。
 エリー・フォールの言う「普遍的諸関係の全体」は、〈宗教的であること〉と言い換えてもよいかもしれません。「人間であること、というようはむしろ人間になることは『宗教的』であることと同じ」(M・エリアーデ)だからです。人間は、宗教的であることなしに、つまり聖なる神との関係を失っては、内面的にも、恐らく表面的にさえも、生きることは不可能なのです。

 語り手が、異教徒の地で主のために祭壇を築くアブラハムで描いたのはこれではないでしょうか。アブラハムは神の言葉を聞いて、約束の地を目指して旅立ち、神がご自分を顕された場所に祭壇を築いたのです。語り手は、それを次のように描きます。「アブラムは……カナン地方へ向かって出発し、カナン地方に入った。アブラムはその地を通り、シケムの聖所、モレの樫の木まで来た。当時、その地方にはカナン人が住んでいた。主はアブラムに現れて、言われた。『あなたの子孫にこの土地を与える。』アブラムは、彼に現れた主の為に、そこに祭壇を築いた。」
 アブラハムが約束の地に入ったとき、そこにはカナン人が住んでいたのです。アブラハムが最初の中継地としてシケムは、カナンの最古の都市の一つです。「モレの樫の木」は、カナンの聖地の中心にあった聖なる樹木(=神託のテレビンの木)であり、イスラエル時代になってからもその重要性を保っていたのです(35:4、申命記11:30、ヨシュア24:26、士師記9:37)。アブラハムはそのシケムの聖所で、主のために祭壇を築き、主の名を呼んだのです。
 アブラハムは、カナン人が住んでいる地で、つまりバアルが崇拝されていた地で、「彼に現れた主のために…祭壇を築いた」のです。それは、約束の地における最初の祭壇です。「シケムの聖所」、つまり異教の祭儀場からそれほど遠くない所に位置するこの祭壇は、エリヤの二者択一のように好戦的ではありませんが、測り知れないほどの意味を持っているのです。私たちはその計り知れない意味を、神の御子イエス・キリストの宣教と、死と復活によって知ることになるのです。

Ⅲ. 旅する教会
 異教徒の地を、祭壇を築きながら旅を続けるアブラハムの生き様を黙想しているとき、「巡礼者」という言葉に捉えられました。巡礼者とは、ヘブライ人への手紙によれば、天の故郷を目指す旅人、寄留者のことであり、それは私たちキリスト者のあるべき姿なのです。つまり、信仰者とは巡礼者のことなのです。
 ところで、「巡礼者とは、宗教的献身を示す行為として、聖地を旅する者」のことですが、この意味は、ラテン語の動詞ペレグリナーリからきているといわれます。巡礼(ペレグリナーリ)には、「荒野を歩きまわる」という意味があり、それは「放浪」とほとんど同じ意味であるともいわれます。
 実は、中世ヨーロッパにおけるキリスト教の歴史は、教会が、巷にあふれ出た放浪者をどう規制し、教会共同体の枠の中にあらためて再編するか、そのことのために費やされた歴史であったと言っても、決して言い過ぎではない、と言った人がいます(山形孝夫)。
 ローマ・カトリック教会は、この問題をめぐる議論によって、徹底的に撹乱され、かつ豊かにされたのです。それはカトリックの教会観にその痕跡をとどめています。カトリックの見方からすれば、教会こそ巡礼者そのもの、つまり、旅する教会(=エクレシア・ペレグリナンス)なのです。
 この旅する教会と並んで、カトリックの教会観には、もう一つの表現があります。それはエクレシア・ヴィアトルム(旅する人々の教会)です。エクレシアは教会、ヴィアトルムのヴィアは「道」を意味します。したがって「エクレシア・ヴィアトルム」を正確に訳せば、「道を歩く人(の教会)」となります。この表現には、「二つの世界の間を歩く人」という意味が込められています。二つの世界とは、神の秩序と地上の秩序です。
 人間は、地上にある間、この世の秩序に組み込まれて生きるのですが、しかし、キリストを信ずることによって、この世にありながら、すでにこの世ではなく、神の秩序に属するものとして、旅を続けていくのです。結果キリスト者は、この世では寄留者のように生きるほかないのです。使徒言行録に、初代のキリスト者たちが「この道の者」(9:2)と呼ばれていたとあります。印象深い呼び名です。

 中世ヨーロッパの歴史において問題は、巡礼者の多くが放浪生活の誘惑に負けて、旅の目的を見失い、単なる「放浪者」に転落したことです。巡礼と放浪は紙一重なのです。内なる動機が消滅すれば、巡礼者はたちまち放浪者に転落するのです。
 先ほどわたしは、約束の地を目指してアブラハムが踏み出した一歩から、神の民イスラエルの歴史を経て、十字架のキリストに至る神の救いの歴史が始まると言いました。それとの関連で思い出した言葉があります。神学生のとき、船水衛司先生がこんなことを言われました。「旧約聖書の内容は古代イスラエル宗教そのものではない。旧約聖書は、宗教混淆をくり返した古代イスラエル宗教に対する一種の批判の書だからである。」
 船水先生は、聖書が記す神の民イスラエルの歴史は、旅の目的を見失った放浪者の歴史であったというのです。改めて言うまでもなく、それは旧約の神の民だけの問題ではありません。パウロはコリントの信徒たちにこう書き送ったのです。「この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です!」(15:19)。初代教会の信徒たち、「この道の者」が、道を外れ、放浪者になったのです。キリスト教2000年の歴史に見るのもそれ以外のものではありません。そしてわたしたちは、旅の目的を見失った放浪者、最も惨めな者を、「同情的イエスをカルバリーのキリストに取って代えた」者たちの中に見るのです。

 中世ローマ・カトリック教会は、自らを旅する教会とすることで、放浪者を巡礼者に再生する試みをしました。わたしたちプロテスタント教会はどのような闘いをすればよいのでしょうか。プロテスタント陣営最古の信条、アウクスブルク信仰告白は、「教会について」次のように定義しました。教会は「福音が純粋に教えられ聖礼典が福音に従って正しく執行せられるのである。そして教会の真の一致のためには、福音の教理と聖礼典の執行に関する一致があれば足りる」と。 
 宗教改革後500年を経て、痛恨に耐えないのは、プロテスタント陣営において福音が純粋に教えられることも、また聖礼典、特に主の晩餐が正しく執行されることも、著しく損なわれてしまったことです。その帰結が「同情的イエスをカルバリーのキリストに取って代えた」キリスト者の出現です。未受洗者に聖餐を授けることです。旅の目的を見失ったこの放浪者を巡礼者に再生させるには、福音が正しく教えられること、特に、聖礼典が回復する以外にないのです。言い換えますと、み言葉が語られ、犠牲祭儀が執行される、宮清めが起らねばならないのです。
 これとの関連で注目したいのは、ヨハネ福音書2章13節以下、主イエスによる宮清めの記事です。ヨハネが伝える宮清めの記事は、キリストの十字架の死と復活、より厳密には主の晩餐の秘儀と密接に関連しています。
 主イエスが、縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らされると、ユダヤ人たちは激しく抗議します。すると主イエスは、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」と言われたのです。ヨハネはその意味を次のように解説します。「イエスの言われた神殿とは、御自分の体のことだったのである」と。
 然り、宮清めとは、動物犠牲が廃止され、神の御子イエス・キリストの奉献、主の晩餐が新しい契約として制定されるということなのです。

 このヨハネが伝える宮清めの記事に呼応しているのが、ヘブライ人への手紙13章です。そこにはこうあります。「わたしたちには一つの祭壇があります!」「一つの祭壇」とは、この後の文脈から明らかなように十字架のキリストのことです。主イエスが十字架で裂かれた肉、流された血のことです。「イエスもまた、御自分の血で民を聖なる者とするために、門の外で苦難に遭われたのです!」
 こう言ってヘブライ人への手紙の著者はさらにこう続けます。「だから、わたしたちは、イエスが受けられた辱めを担い、宿営の外に出て、そのみもとに赴こうではありませんか」と。
 ヘブライ人への手紙の書者は、「一つの祭壇」、すなわち主の晩餐の祭壇がわたしたちを巡礼者にするというのです。「だから、わたしたちは、イエスが受けられた辱めを担い、宿営の外に出て(すなわち巡礼者として)、そのみもとに赴こうではありませんか!」

 わたしたちが巡礼者として赴く「みもと」とは主の祭壇のことです。わたしたちが探し求めている「永続する都、来たるべき都」(13:14)は主の祭壇にあるのです。今や、天上にある永遠の命を乞い願う者は、すべからく、教会が授けるキリストの秘跡に与らねばならないのです。ヘブライ人は言います。「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」(4:16)。キリストの秘跡によって巡礼の旅、すなわちこの世で旅人、寄留者として生きることが、初めて耐えうるものとなるのです。教会は聖餐共同体、〈旅する教会〉、〈旅する人々の教会〉であるとき、この世というカオスに閉じ込められている人々を、孤立から普遍へと連れ出すのです。主の晩餐、すなわちキリストの肉と血、永遠の命の糧が、放浪者を天の故郷を目指して旅をする巡礼者につくり変えるのです。

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