プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


最新記事


月別アーカイブ


カテゴリ


 「夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方にひきこもり、ナザレという町に行って住んだ。『彼はナザレの人と呼ばれる』と、預言者たちを通して言われていたことが実現したためであった」(マタイ2:22b−23)。
 
 内なる動機が消滅すると巡礼者は放浪者に転落する。これとの関連で興味深い記述が歴代誌上29章15節の、ダビデの祈りである。ダビデはこう祈る。
 「わたしたちは、わたしたちの先祖が皆そうであったように、あなたの御前では寄留者(旅人)にすぎず、移住者(寄留者)にすぎません。この地上におけるわたしたちの人生は影のようなもので、希望はありません。」
 この祈りには、興味深い二つの表現がある。一つは、ヘブライ書に出て来る「寄留者(旅人)にすぎず、移住者(寄留者)にすぎません」という言葉である。しかしここにはヘブライ人が語る、天のふるさとへの希望はない。ダビデはこう祈るのである。
 「この地上におけるわたしたちの人生は影のようなもので、希望はありません。」
 ここにあるのは内なる動機が消滅した放浪者の姿である。ダビデのこの祈りには、歴代誌の著者が生きていた時代の状況―捕囚後の第二神殿時代―が色濃く反映している。ペルシアによってバビロンから解放され、ユダヤの地に帰還したイスラエルの民は、ハガイ、ゼカリヤの励ましによって第二神殿を再建し、律法の書記官エズラの働きによって捕囚後の祭儀集団として立ち上がる。しかし、その時「イスラエルは謎に満ちた歴史の向こう側に生き、その神に仕えた」とフォン・ラートは言う。イスラエルは今まで体験してきた歴史から離れたのである。このときイスラエルは内なる動機を失った!のである。それを端的に言い表したのが、「この地上におけるわたしたちの人生は影のようなもので、希望はありません!」という祈りである。

 今日、倫理会という名称で世界に普及しつつある、神を信じないさまざまな教会も然りである。パウロは、「この世の生活でキリストに望みをかけているだけ」のキリスト者者を、「最も惨めな者」(Ⅰコリント15:19)と言う!
 こうした時代にあって、カトリック教会は第二バチカン公会議において、教会こそが巡礼者そのもの、つまり、エクレシア・ペレグリナンス(旅する教会)と言いあらわした。かつては、無一物の修道士が、遍歴のイエスに倣って、巡礼者となった。しかし、事態は一変したのである。今や、修道士ではなく、教会自体が「旅する者」となったのである。
 もっとも、教会は始めから旅する教会であった。しかし、紀元313年、ローマの国教と承認されることで、教会は旅する教会であることをやめてしまったのである。神を信じないさまざまな教会が倫理会という名称で世界に普及するに及んで、教会は始めの姿、旅する教会に立ち返ったのである。教会は、それ自体が巡礼者、つまり天国への道をゆく「路上の人」となったのである。今や、天上における来世の生活を乞い願うものは、すべからく、教会が授けるキリストの秘跡にあずからねばならない。キリストの秘跡によって、巡礼の旅の難行苦行は、はじめて耐えうるものとなり、道中の安全は守られるからである。

 これとの関連で是非紹介したい言葉がある。それはアウグスチヌスが『告白』の中で紹介した母モニカの言葉である。故郷に帰る途上、モニカは臨終を迎える。母を旅先ではなく、故郷の地で死なせたいと言う息子たちをじっと見つめて、モニカはこう言ったのである。「このからだはどこにでも好きなところに葬っておくれ。そんなことに心をわずらわさないでおくれ。ただ一つ、お願いがある。どこにいようとも、主の祭壇のもとで私を想い出しておくれ」。ここには、「約束の者は受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした」路上の人(ホモ・ヴィアトール)、キリスト信者がいる。
 中世キリスト教会は、自らを旅する教会として提示することによって、ヨーロッパの深い森の海に閉じ込められていた人々を、孤立から普遍へと連れ出したと言われる。わたしたちは主の晩餐(祭壇)で、体の贖われる希望を提示することによって、内なる動機を失った孤独な群集を天のふるさとを目指して生きる巡礼者、「路上の人」へと造りかえるのである。

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | ホーム |