プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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創世記14:13-24、ヨハネ4:16-26、エフェソ2:11-22
讃美歌 531

 アブラムが……帰って来たとき、……いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。彼はアブラムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神にアブラムは祝福されますように。敵をあなたの手に渡された、いと高き神がたたえられますように。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。(創世記14:17−20)

Ⅰ. 異例中の異例
 きょうは教団が定める「平和主日」です。平和への祈りを胸に、共にみ言葉に聞きたいと思います。きょう、皆さんと共に裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言は、創世記14章13節以下です。
 ここ創世記14章は、族長物語の中だけでなく、旧約聖書の中で最も難解といわれている箇所であり、論争の多い箇所です。内容的に見て、他の族長物語と明らかに違います。ここに登場するアブラハムは、まるで「無敵の戦士」です。このようなアブラハム像は他に見られません。また、これほど歴史的、地理的情報に溢れている族長物語はありません。さらに言えば、これほど荒唐無稽で、奇跡的な要素を数多く含む族長物語はないのです。
 そのことを思い巡らしていたとき、創世記14章は、まるで地球に突入する隕石のように、旧約の世界に飛び込んできた異世界(新約)のようである、との思いに捉えられました。すべての族長物語と明らかに異質なこの物語は、いかなる信仰の世界を伝えているのか、み言葉に聞きたいと思います。

 そこでまず注目したいのは13節以下、大国同士の戦争に巻き込まれ、捕虜となったロトを救出するアブラハムの戦いです。国々が同盟を結び、争うという政治的な大事件は13節でようやく族長物語と噛み合わされます。この間、1〜12節まで、アブラハムは出来事のクライマックスにさえ登場しないのです。東の王たちが勝利し、パレスチナ北部まで引き上げて初めて、アブラハムの名がロトの親族として出るだけです。
 戦いの勝者は、征服した都市を略奪します。語り手は略奪の惨たらしさについては何も語りません。語らなくても読者には分かるのです。男たちは殺され、女たちは陵辱され、家屋は破壊され、財産は強奪されたのです。
 生き残って捕虜となった者の中に、ソドムに住んでいたアブラハムの甥ロトがいるとの知らせがアブラハムに届きます。するとアブラハムは、よく訓練された僕たち(戦士なのですが)318人と共に王たちを追跡し、ダン付近で彼らに襲いかかり、そのままダマスコの北まで追撃し、奪われた捕虜と財宝を取り返したのです。それにしても東の王たちの同盟軍を、わずか318人の男たちで打ち破るというこの勝利は、よく訓練されていたとはいえ、奇跡的要素に溢れるこの物語の中でも、特に奇跡的です。

 そしてこのあと物語は、一気に本来のクライマックスへと押し上げられます。アブラハムとサレムの王メルキゼデクとの出会いです(17節以下)。ここに名が記されるサレムの王メルキゼデクですが、17節以前の世界史的出来事の中には全く触れられていません。二つの勢力が分かれ争う中、サレムはまるで第二次世界大戦のときのスイス・オーストリアのように、いずれの勢力にも与せず永世中立を貫いたのでしょうか。
 いかなる国とも戦争を始めず、またいかなる国同士の戦争にも関与しない中立国、平和の国サレムの王メルキゼデクが、凱旋したアブラハムを迎え、祝福したのです。そしてアブラハムはその祝福に答え、取り戻した財宝のうちから十分の一をメルキゼデクに贈ったのです。
 このときのアブラハムの行動がいかに不可解であるかは、サレムの王メルキゼデクが何者であるかを知るとき明らかになります。「サレム」とは、ダビデが王の都と定めた「エルサレム」のことです。しかしこの時はまだエブス人の都でした。つまり「祝福の源」であるアブラハムが異教徒の前にひれ伏し、祝福を受け、そして「すべての物の十分の一」を贈っているのです。
 先週私たちは、「わたしが示す地に行きなさい」との神の指示に従い、約束の地に旅立ったアブラハムが、異教徒の住むカナンの地で祭壇を築く記事を読みました。そこにあるのは、ヤハウェを神とするか、バアルを神とするか、の二者択一であることを見ました。しかもこの二者択一は旧約聖書全巻を貫いているのです。
 しかしここ14章では、アブラハムが異教徒であるサレムの王メルキゼデクに祝福され、「すべての物の十分の一」を贈っているのです。この非イスラエル的、カナン的祭儀に対するこれほど積極的で寛容な評価は、旧約聖書のどこにも類を見ません。私たちはここで、何か途轍もない出来事を見ているのです。一体、何がここで起こっているのでしょうか。
Ⅱ. 革新
 すでに触れたように、エルサレムはダビデが王の都と定めるまで、イスラエル12部族とは何の関係もない異教徒の都でした。それは南ユダ、北イスラエルのいかなる宗教的伝統とも無縁の場所でした。そのような場所をダビデは王宮所在地として定めたのです。
 それは極めて高度な政治的判断でした。もし、北と関係する場所を選べば南に不満が募り、南に関係する場所では北に不満が残るのです。ダビデは、二大部族集団のいずれとも関係のない中間地帯を王の都と定めることで、絶妙なバランスを取ったのです。
 しかしこの高度な政治的判断は、ヤハウェを神とする宗教部族連合の火種であり続けます。ダビデによって統一された王国は、決して一枚岩ではなかったのです。南ユダと北イスラエルの緊張関係の一端を伝える伝承の一つに、イスラエル12部族の父祖ヤコブ物語があります。兄エサウの祝福を奪ったヤコブは、兄の怒りが収まるまでと、伯父ラバンのもとに身を寄せます。そこでヤコブは、ラバンの二人の娘レアとラケルを妻に迎えます。この二人の妻の間で、後継者を巡り壮絶な戦いがなされるのです。レアは次々に子を産みますが、ラケルには子ができません。そこでラケルは召し使いビルハを夫ヤコブに与えます。そのビルハが二人目の子を産んだとき、ラケルはこう言ったのです。「姉と死に物狂いの争いをして、ついに勝った」(30:8)と。
 ヤハウェを神とすることで一つとなったイスラエル12部族の結びつきは、決して盤石ではなかったのです。それはダビデの後継者ソロモン亡き後、北イスラエルと南ユダに分裂したことからも分かります。最初から一枚岩でなかった二大部族集団をダビデは統一し、南北両王朝のどちらとも関係のないエルサレムを王の都と定めることで、レア族とラケル族、南ユダと北イスラエルの微妙なバランスをとったのです。

 わたしは、創世記14章の物語が書かれた背景には、こうした事情があるのではないかと考えています。具体的に言えば、「信仰の父」アブラハムを、ダビデ王家の王座のある場所と結びつけるという、より現実的な狙いです。
どういうことかと言えば、王の都エルサレムと、族長的な信仰を保持していた地方の住民たちとの間には亀裂があったのです。族長的な信仰を保持していた地方の住民たちにとって、エルサレムに居城を構えるヤハウェの「油注がれた者」は、長い間疎遠な存在であり続けたのです。しかも彼らは、「油注がれた者」が課す賦役や税に少なからぬ反感を抱いていました。彼らは、かつて異教の町であったエルサレムの王に仕えることを潔しとせず、族長たちの伝統を引き合いに出し、自分たちの部族制度こそ神に与えられた秩序であると見なしていたのです。
 しかし、ダビデが優れた政治手腕で南北王朝を統一したとき、古い部族制度は崩壊したのです。しかも部族連合のシンボルであった「契約の箱」をダビデがエルサレムに運び入れたことで、正当なヤハウェ伝承の欠けたカナンの町がヤハウェ祭儀の中心聖所になったのです! 古代民族の宗教生活におけるこのような革新は、正当化を必要としたのです。この正当化を目的として書かれた物語の一つが創世記14章なのです(参 Ⅱサムエル24章)。

 そしてその正当化は、旧約の世界には見られない新しい視点で行われたのです。これとの関連で注目したいのは、ここにその名が記された「メルキゼデク」です。メルキゼデクは詩篇110篇(4節)以外には、旧約のどこにも出てきません。その詩篇110篇では、メルキゼデクはダビデの王位と結びつけられています。__「わが主に賜った主の御言葉。『わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。』……『わたしの言葉に従って、あなたはとこしえの祭司、メルキゼデク(わたしの正しい王)。』」(110:1、4)__。
 しかし、元来「メルキゼデク」という名は古いカナンの名なのです(ヨシュア10:1「アドニ・ツェデク」参照)。またメルキゼデクがアブラハムを祝福した「いと高き神(エル・エルヨーン)」は、カナンの地に広く普及していた「天のバアル」です。「いと高き神」とは、万神殿(パルテオン)の頂点に君臨する神なのです。古代カナン時代、つまりイスラエル以前のエルサレムでは、「いと高き神(エル・エルヨーン)」の祭儀が行われていたのです。
 このことを知るとき、私たちは驚きを禁じ得ません。「いと高き神」のカナンの祭儀が、ヤハウェ祭儀と並置されているのです。カナンの神の祭儀とヤハウェ祭儀の並置という、まことに非イスラエル的、つまりカナン的祭儀に対する積極的で寛容な評価は、旧約聖書において他に類を見ないのです。

Ⅲ.新しい人
 この旧約聖書には類を見ない、カナンの神とヤハウェとの並置という、まことに非イスラエル的なこの物語の新しい視点とは如何なるものなのか。そのことを思い巡らしているとき、ヨハネ福音書4章が伝える主イエスとサマリアの女の出会いの記事に導かれました。
 主イエスの時代、サマリア人は異邦人よりも受け入れ難い存在でした。それは、サマリア人がユダヤ人の神殿を汚し、ユダヤ人の巡礼者を殺したことによります。ユダヤ教の立場からすれば、サマリア人はユダヤ人の敵であるだけではなく、神の敵でもあったのです。
 そのサマリアの女に主イエスは、「あなたの手にある器から水を飲ませてください」と語りかけたのです。わたしは、このときの主イエスのへりくだりは、サレムの王メルキゼデクの前にひれ伏したアブラハムのへりくだりの比ではないと考えています。
 この主イエスのへりくだりを起点として、命の水を巡る対話が始まり、話はいつしか礼拝の話題となります。信仰とは、神を礼拝することに他ならないからです。人間の根源的渇きを癒すものは、真の神礼拝しかないのです。
 女は言います。「わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」。すると主イエスは、「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。……まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である!」と言われたのです。これを聞くと女は言います。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」すると女は、主イエスから驚くべき言葉を聞くのです。「それは、あなたと話しているこのわたしである!」
 私たちはここで、ユダヤ人とサマリア人の間に横たわる敵意に終止符が打たれたことを聞くのです。

 イエスをメシアと信じる者は、民族の血に流れる敵意から解放されるのです。なぜ? そのことについて端的に言い表したのが、エフェソ書の記者です。彼は言います。「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし。御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、……双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現……した!」のです。
 然り、十字架のキリストこそ平和を作る人なのです。しかし、これがここで言われていることの全てではありません。キリストの十字架によって作られた「新しい人」もまた平和を作る人なのです。エフェソ書の著者はそれを次のように表現しました。「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、……主にある聖なる神殿です!」 

 結びに、十字架のキリストによって作られた「新しい人」もまた、平和を作る人であることについて、み言葉に聞きたいと思います。
 これとの関連で注目したいのは創世記14章13節、アブラハムがなんの脈絡もなく「ヘブライ人」と付記されていることです。改めて言うまでもなく、この時点でのアブラハムは民族としてのヘブライ人ではありません。実は、「ヘブライ人」とは、古い時代には民族の名ではなく、前2千年紀に多くの国で頻繁に用いられた、社会的な下層民を指す呼称なのです。
 ヨセフ物語の中に、エジプトに奴隷として売られたヨセフが、ポティファルの妻から誘惑される物語があります。その中でこの「ヘブライ人」という蔑称が語られるのです。ポティファル婦人は自分の罪をヨセフに擦りつけるためにこう言ったのです。「見てごらん。ヘブライ人などをわたしたちの所に連れて来たから、わたしたちはいたずらをされる」と。
 旧約聖書を読むと、神の民イスラエルは自らの出自の卑しさを記憶し続けたことがわかります(「種々雑多な人々」出12:38、民11:4。「弱小国民」申7:7−9、エゼキエル16章)。イスラエルが選民意識を持つのは、バビロン捕囚後なのです。その時イスラエルは、謎に満ちた歴史の向こう側に生き、その神に仕えたと言った人がいます。言い換えますと、歴史の中で神に仕えたイスラエルは「ヘブライ人」、つまり社会的下層民を指す呼称で自らを言い表したのです。
 そしてこの信仰は、新約に引き継がれるのです。パウロはコリントの教会に対してこう呼びかけたのです。「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしなさい。……世の無学な者、……世の無力な者……世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれました」と。

 教会がキリストの教会である時、この自己認識は不可欠です。もし自分を誇るキリスト者がいるとすれば、それは形容矛盾です。自分を誇るキリスト者ほど醜いものはないのです。
 私たちが何かを認識するには、二つの方法があると言われます。一つは類比に基づく認識、つまり「同じもの同士は好んで集まる」(類は友を呼ぶ)です。そしてもう一つが、「いかなる本質もその反対物においてのみ、愛は憎しみにおいて、統一は争闘においてのみ、露となりうる」という、弁証法的な認識原理です。創世記14章でいえば、大国同士の戦争という状況の中でこそ、メルキゼデクとアブラハムの平和が露わになるのです。アブラハムが全ての民の祝福の源であることは、アブラハムがヘブライ人であることにおいてのみ露わになるのです。全ての民の祝福の源であるアブラハムは、異教徒、サレムの王メルキゼデクの前にひれ伏すことにおいてのみ露わになるのです。

 本質がその反対物において露になるならば、十字架につけられた方の教会は、互いに確証し合う等しい者の集合から成るのではなく、構成上等しくない者から成るのでなければなりません。ボンヘッファーが教会の本質について語った言葉は真理です。「教会は恐らく、大都市における聖晩餐を守る集まり(ゲマインデ)という状況において、最も確信をもって現われ出るであろう。自然的な結びつきはほとんど何らの役割をも演じない。軍国主義者と平和主義者、資本家と労働者、その他これに類する人たちの間には、最も深い対立が横たわっている。」
 教会が生きる歴史、それは、「地を見渡せば、見よ、苦難と闇、暗黒と苦悩、暗闇と追放。今、苦悩の中にある人々には逃れるすべがない」世界です。その世界にあって教会はこの世にあって無価値なもの、聖晩餐を守る群れであるときにのみ_最も深い対立が横たわる者たちが一つの食卓に与る_、闇に輝く光、平和を作る人なのです。

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