プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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創世記23:1-9,17-20、マタイ19:16-28、ヘブライ11:9-19
讃美歌 355

 こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている木を含め、……アブラハムの所有となった。その後アブラハムは、カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑の洞穴に妻を葬った。(創世記23:17−19)

Ⅰ.終活
 きょう、皆さんと共に、裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言は、創世記23章1節以下です。ここにはアブラハムが長年連れ添い、苦楽を共にした妻サラが死に、埋葬するために寄留の地ヘブロンで墓を購入した時のことが伝えられています。
 かつて神はアブラハムに、土地と子孫を与えると約束されました。その約束を信じて、住み慣れた第二の故郷を捨て、行き先も知らずに旅立ってから約半世紀、アブラハムが手に入れたのは、妻サラを葬るために購入したわずかばかりの土地であったとこの記事は伝えているのです。
 ところでアブラハムは、神の声を聞いて旅立つ前、父テラをハランの地に埋葬しています(創世記11:32)。サラを父と同じ墓に埋葬することもできたのではないでしょうか。ヘブライ人への手紙の著者は、その辺の経緯を次のように語っています。「もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう」と。この時がその時ではなかったでしょうか。しかしアブラハムは帰らなかったのです。なぜ? ヘブライ人は、アブラハムは「もっと良い、天にあるふるさと」を望んでいたからであると語ったのです。
 アブラハムがサラを葬るために土地を購入したのは、天の故郷を望んでいたからであるというこの言葉は、わたしの神に向かう姿勢を問うているように思います。あなたは何を求めて、毎週礼拝しているのかと。
 歴史学者ロジェ・シャルチエは『フランス革命の文化的起源』で、「非キリスト教化と世俗化」を論じ、こんなことを言っています。「非キリスト教化として理解しうる十八世紀における宗教的無関心は、復活祭や日曜日の務めにたいする全員一致の尊重が消滅することなく、進行するわけである。けれども、そのような務めの尊重という見せかけのもとで、根本的な変化が、本質的な問題に関する人びとの考え方に生じつつあった。第一の決定的な激変、それは、死を前にしての態度の変化である」。
 シャルチエは、キリスト教信仰の世俗化は、礼拝に休まないとか、よく奉仕をするといった見せかけではなく、「死を前にしての態度」に現れたというのです。

 死者をどこに埋葬するか。それは近年、わたしたちの大きな関心事となっています。秋田にいた頃、市役所から「合葬式墓地に関するアンケート調査」が届きました。「合葬式墓地」とは、「一つの大きな墓に多くの遺骨を共同で埋葬する形態のお墓」のことです。このアンケート調査の理由を担当者は、「お墓を引き継ぐ者がいない」「子供に迷惑をかけたくない」などの理由から、合葬式墓地等の設置に対する要望が全国的に高まりつつあると説明していました。数年前「千の風になって」という歌が流行りました。それは、「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」と歌いだします。このアンケートは、お墓の前で泣いてくれる人がいないのです。あなたはどこに葬られたいですか?と問うたのです。こうした時代の風潮の中で、アブラハムが妻サラを葬るために墓を購入したというこの記事は何を語ってくれるでしょうか。

 ところで、墓地の購入を描くこの物語は、学者たちが「祭司記者」と呼ぶ人によって書かれています。この人はイスラエル民族最大の危機、南ユダがバビロニアによって滅ぼされた時代(B.C.6C)を生きた人です。ちなみに、この直前に置かれたイサク奉献物語は、学者たちが〈エロヒスト〉と呼ぶ、北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされた時代(B.C.8C)を生きた人によって書かれています。イサク奉献物語は編集段階で、すべてのアブラハム物語のクライマックスとなり、そして締め括りとなりました。つまり、アブラハム物語はその後も続きますが、それは「最後の体験、遺言的な歩みと手続き」、つまり終活_人生の終わりを事前に準備する_をテーマとするのです。終活の舞台となるのはヘブロンです。ヘブロンでよそ者、寄留者として生きたアブラハムは、長年連れ添い、苦楽を共にした妻サラの最後を看取り、墓に葬るために、墓地となる土地を購入するというのが、ここ23章のテーマなのです。

Ⅱ. 交渉
 語り手はこう書き出します。「サラの生涯は百二十七年であった。これがサラの生きた年数である。サラは、カナン地方のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。」
 アブラハムは土地を持たない旅人、寄留者でした。寄留者にとって、死者をどこに葬るかは大きな問題です。そこでアブラハムは土地の人々の同意を取り付けようとしたのです。それが公式の取引であることは、町の門の所で長老たちと交渉したことによって描かれます。
 そこで交わされたアブラハムと長老たち、そして土地の持ち主エフロンとの対話は、「オリエント風の慇懃で抜け目ない会話の見事な縮図である」と言った人がいます。アブラハムは、自分の置かれた立場を客観的に描き出すことで話を切り出します。4節、「わたしは、あなたがたのところに一時滞在する寄留者ですが、あなたがたが所有する墓地を譲ってくださいませんか。亡くなった妻を葬ってやりたいのです。」
 アブラハムは市民権を持たない「寄留者」です。そのアブラハムがたとえごく小さな地所でも所有することは、よそ者(寄留者)が定住者となるという重要な身分の変更が生じるのです。そのためには、地域住民全体の賛同が必要なのです。

 アブラハムのこの申し出に対して、ヘトの人々は次のように答えます。「どうか、御主人、お聞きください。あなたは、わたしどもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください。わたしどもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません。」
 このヘトの人々の言葉は社交辞令以上のものではありません。というのも、ヘトの人々はアブラハムの希望を拒否しないまでも、明確に答えることを回避しているのです。アブラハムは〈「譲ってください」買い取る〉と申し出たのに、長老たちは〈使用する〉にすり替えたのです。アブラハムはこのすり替えには触れず、最大限に丁寧な感謝の意を表し、もう一度明確に自分が欲するものを、つまりエフロンが所有するマクペラの洞穴を「十分な対価」を支払って買い取りたい、と申し出ます。
 突如、交渉の場に引きずり出されたエフロンもまた、一筋縄では行かない人物です。彼は愛想よく、畑も含めて洞穴を「差し上げます」と言ったのです。つまりエフロンは、アブラハムが求めた「マクペラの洞窟」以上のものを!贈与すると申し出のです。アブラハムはエフロンの言葉の裏にある思惑を知ってこう訴えます。「わたしの願いを聞き入れてくださるなら、どうか、畑の代金を支払わせてください。どうぞ、受け取ってください。そうすれば、亡くなった妻をあそこに葬ってやれます」(13)。
 するとエフロンは、代金など些細なことであるかのような口ぶりで、売値は「銀四百シェケル」(約4.6キロ)であると明かしたのです。この価格を今日の額に換算することは、当時と今では価値概念が異なるので不可能ですが、かなり高額であることは確かです。
 アブラハムは言われるままに、エフロンの言い値でそれを購入します。「こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている木を含め、町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった」のです。

 こうして語り手は、アブラハムが神の約束を信じて、行き先も知らずに旅立ったのは75歳、その彼が、波乱万丈の人生の終りに手にしたのは、妻サラを葬るためのわずかばりの土地だけだったと語るのです。
 しかし、この後に続く族長物語を読み進むと分かるように、アブラハムが手に入れたわずかばりの土地、妻サラを埋葬するために購入したマクペラの洞穴は、極めて重い意味を持つのです。それを端的に伝えているのが、エジプトで最後を迎えたヤコブの遺言です。ヤコブは臨終の床で息子たちにこう言ったのです。「間もなくわたしは、先祖の列に加えられる。わたしをヘト人エフロンの畑に洞穴に、先祖たちと共に葬ってほしい、それはカナン地方のマムレの前のマクペラの畑にある洞穴で、アブラハムがヘト人エフロンから買い取り、墓地として所有するようになった。そこに、アブラハムと妻サラが葬られている。そこに、イサクと妻リベカも葬られている。そこに、わたしもレアを葬った。あの畑とあそこにある洞穴は、ヘトの人たちから買い取ったものだ!」(49:29−32)。このときエジプトに寄留していたヤコブは、エジプトに墓を持つことではなく、アブラハムがエフロンから購入した墓地、マクペラの洞穴に葬って欲しいと遺言したのです。
 ある研究者は言います。マクペラの墓の購入物語には、宗教的な雰囲気も敬虔な言葉もまったく欠けており、その点でははなはだ「世俗的」であるように見える。それにもかかわらず、ここにイスラエルの信仰にとって中心的な事柄が描かれていることは看過できない、と。どういうことかといえば、マクペラの墓は、神の約束の成就を信じて生きるイスラエル民族の希望の基となったのです。

Ⅲ. 希望の基
 この希望がどれほどのものなのかは、この記事を記した祭司記者がバビロン捕囚の時代を生きていた人であることを知るとき、より鮮明になります。バビロン捕囚とは、神の民イスラエルが全てを失った時代です。預言者エゼキエルは当時の人々の心象風景を「枯れた骨の幻」(37章)で次のように語りました。「われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる」(37:11)と。神にさえ望み得ない現実がそこにはあったのです。それは言葉の最も厳密な意味で「死」を意味します。 
 そうした時代背景の中でこの人は、アブラハムが妻サラを葬る墓地を購入する物語を記したのです。それによって語り手は、神の約束は必ず実現するとの信仰を表明したのではないでしょうか。預言者エゼキエルが、枯れた骨が神の霊によって生き返ると語ったようにです。
 この信仰を、フォン・ラートは次のように解説しました。「イスラエルがいかなる約束も無にすることなく、ヤーウェの約束を測りしれないものへと成長させたということ、神の成就の可能性にいかなる限界もつけずに、約束を未成就のままで来たるべき世代に伝え、神の負債として加算したこと、それは驚くべきこと」(フォン・ラート)である。
 この驚くべき旧約の民の信仰を知るとき、私たちは、神が約束を成就するために支払われた代価、すなわち御子イエス・キリストの十字架の死という途方もない価値を知るのです。

 この途方もない価値との関連で注目したいみ言葉があります。それはマタイ福音書19章16節以下です。それは、どんな善いことをすれば、永遠の命を得ることが出来るかと質問した金持ちの青年の物語です。
 どんな善いことをすれば、永遠の命を得ることができるのかと問う青年に、主イエスは、「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。……それから、わたしに従いなさい」と言われます。これを聞くと青年は、悲しみながら立ち去ったのです。すると主イエスは、立ち去る青年の背中を見つめながら、弟子たちにこう言われたのです。「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
 すると弟子たちは非常に驚き、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言ったのです。当時金持ちは、神から祝福された人と考えられていました。その人が神の国に入れないとしたら、救われる者など一人もいないことになるからです。言い換えますと、善い業で天の国に入れる者など一人もいない、ということです。
 善い業で天の国に入れる者など一人もいないと聞いて驚く弟子たちに、主イエスは言われます。「それは人間にできることではないが、神は何でもできる!」神はなんでもできる! そう! 神は「らくだが針の穴を通る」という不可能を可能にすることができるのです! 神は、御子イエス・キリストを十字架で殺されたのです。このキリストの十字架の死によって神は、神にさえ望み得ない人間の絶望を、御子イエス・キリストを殺すという神の絶望によって希望に変えられたのです。

 神は、御子イエス・キリストの十字架の死という途轍もない代価で、約束を成就された! それにしてもいったい、十字架のキリストという途轍もない代価で成就した神の約束とは何か。そのことについて最も優れた注解を表したのはヘブライ人への手紙です。ヘブライ人は言います。「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです!」(11:13−16)。
 ヘブライ人への手紙の著者は、神がアブラハムに「わたしが〈示す〉地に行きなさい」と語られた約束の地とは、「天の故郷」であるとしたのです。つまり神は現実の不可能、罪のしるしと死の性を身に負うて地上をさまよう私たちのために、「罪を犯して神の栄光を受けられな」い、滅びに定められた私たちのために、御子イエス・キリストを十字架にあげられることで、天の故郷を用意されたのです。
 旧約の民のおそるべきものへと成長した期待は、神の御子イエス・キリストの十字架という、おそるべき神の業で成就したのです。イエス・キリストの十字架は天の故郷への希望の基なのです! そしてこの希望が失望に終わることのないしるしとして、神は御子イエス・キリストを死より甦らせたのです。御子を死より甦らせた神は、わたしたちの死すべき体をも甦らせてくださるからです。「わたしたちは、このような希望によって救われている」(ロマ8:24)のです。

 私はこの説教を、お墓の前で泣いてくれる人がいないのです。あなたはどこに葬られたいですか?との問いで始めました。結びに、この希望が語られたアウグスチヌスの母モニカの言葉を聞いて終わりたいと思います。旅先で臨終を迎えた時、せめて故郷の地に母を葬りたいと願う息子たちに、モニカはこう言い残したのです。「このからだはどこにでも好きなところに葬っておくれ。そんなことに心をわずらわせないでおくれ。ただ一つ、お願いがある。どこにいようとも、主の祭壇のもとでわたしを思い出しておくれ。」
 わたしたちには天の食卓で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に主の祝宴に着く希望の基、主の晩餐が与えられているのです。主の晩餐、天の糧で養われる者は、死んでも生きるのです。あなたはこれを信じるか。

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