プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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創世記24:1-10、ヨハネ1:1-5、ロマ8:26-30
讃美歌 288

 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。「手をわたしの腿の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」(創世記24:1−4)

Ⅰ.神の導きの奇跡
 きょう、皆さんと共に、裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言は、創世記24章1節以下です。ここにはアブラハムの息子イサクの嫁取り物語が伝えられています。このイサクの嫁取り物語は、「すべての族長物語の中で最も親しみ易く、最も優美なもの」と言われるものです。形式面で特に目を引くのは、その長さです。67節からなるこの物語は、「すでに一つの短編小説」であると言った人がいます。
 また、内容面から見ると、族長たちへの約束(多くの民になること、土地の所有)が影を潜め、神の導きが際立って前面に出ています。それはヨセフ物語を除けば他に例のない特徴です。さらに、目に見える奇跡、つまり神の介入がないことも特徴的です。ここでは、ソドムを滅ぼすために「主は天から火を雨のように注がれた」(19:24)とか、イサクを屠ろうとした瞬間、「主は天からアブラハムに呼びかけられた」(22:11)といったことは一切語られません。敢えて奇跡というならば、旅の目的を適える神の導きを奇跡と言えるかも知れません。

 こうした奇跡によらない、神の導きという、神の歴史行為の全く新しい物語技法は、その背景に、より深い精神的な変化が神の民に起こったことの結果だといわれます。どういうことかと言えば、聖書の民は、神の導きをもはや奇跡のような宗教的様式では経験しなくなった時代を生きていたのです。世界を取り巻く現実へのかかわりにおいて、イスラエルは、根底から変化した時代を生きていたのです。それは世俗化と言われるものです。ただし、ここでいう世俗化とは、イスラエルがヤハウェから離れたとか、ヤハウェ信仰が薄められた、あるいは合理化されたというのではありません。これまで宗教的な領域においてのみご自分を示してこられた神が、世俗においてもご自分を示すようになったということです。
 歴史におけるヤーウェの業の理解に大きな変化が生じたのです。奇跡や劇的な破局における神の歴史行為は終わり、もう一つ別の、人間の目には隠された神の働きが台頭したのです。神の導きは人間の日常生活の中にも存在していることが理解され始めたのです。日常と非日常、聖と俗、その両方で人間は神と出会うのです。
 時はダビデ・ソロモン王の時代、イスラエルは急速に世界化しました。それは、ヤハウェを神とするイスラエル12部族の宗教連合(アンフィクチオニー)が崩壊した時代でもあります。言い換えますと、崩壊の時代〈の中〉で、真正面からそれ〈を〉取り上げ、それ〈について〉神学的に考え、時代を生き抜く聖書の民の生き方がここから始まるのです。

 私は、聖書の民が、崩壊の時代の中を生き抜いた生き方は、今を生きる私たちにとって重要な意味をもっていると考えています。私たちもまた崩壊の時代、世俗化した世界を生きているからです。しかも現代の世俗化は、「神は死んだ」というニーチェの言葉に象徴されるように、聖書の時代とは比べ物にならないほど深刻なのです。
 現代文明の深刻さを語る言葉は多々ありますが、その一つに、ハイデガーが自分の死後に発表するという条件で語った言葉があります。彼は、「かろうじてただ神のようなものだけがわれわれを救うことができるのです」と言ったのです。
 私は、この言葉にひとりの偉大な哲人が現代文明をどう見ているかを痛いほど感じます。現代文明がほとんど救うことができないものになっていること、もう少し強い言い方をすれば、現代文明の死の相を見つめている目を認めます。ハイデガーは現代文明の死の相を見つめつつ、それが不定冠詞付の「神のようなもの」であろうと、文明を救いあげるもの、あるいは文明を究極的に支えるものを考えていたことは確かです。
 ニーチェが言うように、本当に「神は死んだ」のでしょうか。わたしたちを救い得るのは「神のようなもの」でしかないのでしょうか。崩壊の時代の中で、神の導きを語るイサクの嫁取り物語は、私たちに何を語ってくれるでしょうか。御言に聞きたいと思います。

Ⅱ. 苦痛で練り清められた希望
 物語は次のように始まります。多くの日を重ねて老人になったアブラハムは、家の全財産を任せていた僕を呼び、こう言ったのです。「手をわたしの腿の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」まるで死にゆく者の遺言のように、イサクの嫁取り物語は、この上なく厳粛な誓いの形式で始まるのです。
 ところで、アブラハムが僕に指示した嫁取りには四つの条件が付されています。⒈イサクの嫁は、近隣のカナン人の娘であってはならないこと、⒉それゆえ僕は、アブラハムの血縁の地で嫁を探さねばならないこと、⒊ただし、そのためにイサクをその土地に連れ帰ってはならないこと、⒋もし嫁となるべき娘がこの地に来ることを拒んだら、僕は誓いから解放されるという、四つの条件です。
 この四つの条件は、二つの動機から語られています。一つは、カナン人と混じり合うことへの恐れです。それは、民族の浄化とか、「血の純粋性の維持」ということではありません。この物語が記されたダビデ・ソロモン王の時代状況からして、宗教混淆の危険性のことではないかと思われます。
 宗教混淆の危険性は、イスラエルがカナンの地に入植したときに始まります。そしてそれは、優れた軍人であったダビデが広いカナンの領域をイスラエル王国に編入したとき、新たな段階に突入したのです。これとの関連で注目したい御言があります。列王記上11章です。著者はバビロン捕囚の時代の人ですが、ソロモンの結婚について次のように書いています。「ソロモン王はファラオの娘のほかにもモアブ人、アンモン人、エドム人、ヘト人など多くの外国の女を愛した」(1)とあります。
 ここにはイサクの嫁取りとは正反対のことが記されています。ソロモンは近隣諸国から妻を迎えたのです。それは弱小国家が、自国の繁栄と平和を守る政略結婚であったと説明する者がいます。当時、他国と同盟を結ぶとは、その国の神を祀るということでもあったのです。御言はこう続きます。「これらの諸国の民については、主がかつてイスラエルの人々に、『あなたたちの中に入れてはならない。彼らは必ずあなたたちの心を惑わせ、彼らの神々に向かわせる』と仰せになったが、ソロモンは彼女たちを愛してそのとりこになった」と!
 エルサレム神殿には異教の神々の像が祀られたのです。結果、ダビデ王国はソロモン亡き後、北イスラエルと南ユダに分裂し、北イスラエルは前721年、南ユダは前586年に滅びるのです。自国の繁栄と平和を守るという国策が国を滅ぼすことになったのです。

 イサクの嫁をアブラハムの「一族のいる故郷」から連れて来るようにという委託の背後には宗教混淆への危機意識があったのです。もう一つの動機は、アラム人との結び付きを保つということです。10節に、「僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した」とあります。
 ここに言及されるアラム人こそ、イスラエル民族の原点です。イスラエルの原信仰告白といわれる申命記26章5節以下にこうあります。「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました」と。「滅びゆく一アラム人」を神は愛して、ご自分の聖なる民、宝の民とされたのです(申命記7:7)。
 宗教混淆への危機と、「滅びゆく一アラム人」という自己認識の二つの動機から、イサクの嫁取り物語は語られるのです。いったい神は、この複雑な委託を受けた僕の旅をどこへ導いてくださるのでしょうか。いかなる祝福を用意しておられるというのでしょうか。

 このあとイサクの嫁取り物語は、旅の目的地に着いた僕が、井戸の傍で神に求めた《しるし》を軸に展開します。僕は町外れの井戸の傍にキャラバンを「休ませ(ひざまずかせ)」ます。この僕の行動には、長く人生を生きてきた者の知恵があります。女たちは夕方、井戸に水を汲みにやって来るのです。僕は娘たちを探し回る必要はないのです。娘たちの方からやって来るのです。そして僕は待つ間、神にこう祈ったのです。
 「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」
 この僕の祈りは、「あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じである」(マタイ6:8)と主が言われたように、瞬時に聞き届けられます。「僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た」のです。僕はこの時はまだ、その娘がアブラハムの兄弟ナホル(創世記11:27)の家の者であることを知りません。しかも僕の要求に応えるリベカの対応は、僕が〈しるし〉として挙げた条件をすべて満たしているばかりか、それを超えているのです。
 リベカは、僕が求めたしるしを超える神の慈しみとして、今、僕の前に立っているのです。語り手はそれを、リベカの美しさで表現しました。「際立って美しい」人であったと。聖書で「美」は救済の恵みです。_「救済の恵みもまた美をもつ。……人間が自らを神の好意の対象と認めることが許されたとき、……人間自身が美しく登場する」(フォン・ラート)。_つまり、著者はリベカの美しさで、神がアブラハムに示された慈しみがどれほど豊かなものであるかを描いたのです。

Ⅲ. 救済の恵み
 そして語り手は、リベカが水がめの水を、僕に、そしてらくだに飲ませる「決して忘れることのできない場面」を次のように描きます。「その間、僕は主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうか知ろうとして、黙って彼女を見つめていた。」このとき僕は、甲斐甲斐しく立ち働くリベカの一挙手一投足を、思わず手を合わせたくなるような思いで見守ったのではないのか。
 このときのリベカを見つめる僕に想いを寄せていたとき、左近淑がイスラエルを旅した時に書いた一文が思い起こされました。「イスラエルを旅する者が誰しも気づくのは、フロック・コートに山高帽をかぶり、ほおひげをきれいに編んだ男子の一団である。この人たちは東欧からナチスの迫害などで追われてきた極めて保守的なユダヤ教徒だといわれる。彼らの目は美しい。ある人はあの目はこの世を見ている目ではない。はるか遠くを見ている目だ、と感嘆した。この目は『いつも新鮮な存在を汲み受け』てきた目だ。それで彼らは苦悩の歴史を耐え抜いてきた。それはこの上なく純な希望のひとみだ。
 プリッシマ・スペース(この上もなく純な希望)はすべてを神にまかせ、委ねたところに生まれる。神の支配にいっさいを託す信頼は純粋さを生む。それは神の救いを見たシメオンの目だ。」
 リベカを見つめる僕の目も、神の救いを見たシメオンの目ではなかったでしょうか。神がアブラハムに示された慈しみの象徴である「際立って美しい」と形容されたリベカを見つめる僕の目は、幼子イエスに神の救いを見たシメオンの目ではないでしょうか! この上なく純な希望の瞳で、僕はリベカを見つめたのではないでしょうか! だとすれば、それはまた、私たちキリスト者の瞳の輝きでもあるのです。私たちも十字架のキリストに神の救いを見たのです。

 神の導きによって僕の旅の目的が適えられた物語をここまで読んできて、私の心を強く捉えた御言があります。それは、パウロがロマ書8章で語った次の言葉です。パウロは言います。
 「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たち(アブラハムはその最初の人)には、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」と。そしてこう言葉を続けるのです。「神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。……あらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです!」
 パウロはここで、「神はあらかじめ定められた者たち(に)……栄光をお与えになった!」と完了形で語ります。それにしても、「御子の姿に似たもの」とするために、わたしたちに「栄光」が与えられたとはどいうことでしょうか。
 これとの関連で注目したいのは、ヨハネが福音書の冒頭に置いたロゴス賛歌です。そこには、次のようにあります。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。……万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。……言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た」と。
 初めにあった言、神と共にあった言、神であったこの言は、ハイデッガーのいう〈神のようなもの〉ではありません。《神そのもの》です。《神そのもの》が、「肉となって、わたしたちの間に宿られた」のです。そしてヨハネは、「わたしたちはその栄光を見た」と語ったのです。
 神が人間になることがどうして「栄光」なのでしょうか。それは「栄光」が消滅することではないのか。私たちにとって興味深いのは、ヨハネが肉となった言に見た「栄光」は、主イエスが十字架に上げられることとして理解されていることです。最後の晩餐の席から、ひとかけらのパンを握りしめ、夜の闇の中へ出て行ったイスカリオテのユダの場面をヨハネは次のように描いたのです。「さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。『今や、人の子は栄光を受けた。』」

 肉となった言、そして人の子が十字架に上げられることに見る栄光とは何か。そのことについて一つの優れた注解をしているのはフォン・ラートです。「最高の美は、ヤハウェがイスラエルの歴史的実存の中へと降下したことである。……イスラエルにとって特徴的なことは、神の自己放棄に至るまでのヤハウェの下降にはその美表出を伴うという点にある。」聖書の民は、神の栄光を、人間を救うために低きに降られる神に見たのです。神を愛する者たちに与えられた栄光は、アブラハムの僕が旅の目的で示された神の慈しみ、リベカの美しさと言い換えても差し支えありません。「人間が自らを神の好意の対象と認めることが許されたとき、神が人間の『頭を持ち上げられた』とき、最後には人間自身が美しく登場する」のです。
 これとの関連で是非紹介したい言葉があります。ルターが、「マグニフィカート(マリアの賛歌)」で語った言葉です。「神の至高者にて在しまし、その上には何ものも存在しないから、上を見上げ給ふ訳にはゆかない。また横を見給ふ訳にもゆかぬ。何者も神に比ぶ者はないから。それゆえ、神は己自身と下とを見給ふより外に仕方がないのである。そして人が神の遥か下に居れば居るほど、神は一層之を顧み給ふのである」。
 アブラハムの僕がその旅の目的地で見た主の慈しみ、「極めて美しい」リベカがまさにそれです。神は、「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たち(を)、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定め、定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになった」のです。神の栄光は、人間を救うために神が低きに下ること、人間の栄光は、低きに下る神によって救われたということ。然り、私たちも主と同じ姿に変えられたのです。 

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