プロフィール

Author:川島隆一
1952年5月20日生
群馬県出身
教団小岩教会牧師


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 「一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。……そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ」(マルコ1:21、23)。

 ここには、主イエスがガリラヤ湖で4人の漁師を「人間をとる漁師」(1:17)として召された後、彼らを連れてカファルナウムにやって来たときのことが伝えられている。主イエスが安息日に会堂に入り、教えておられると、そこに「汚れた霊に取りつかれた男」がいて叫びだしたのである。
 主イエスが霊に向かって、「黙れ。この人から出て行け」とお命じになると、霊はその人を痙攣させ、大声を上げて出て行った。マルコはこの一連の出来事を次のように結ぶ。「人々は皆驚いて、論じ合った。これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ、この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」そこに居合わせた人々はこの出来事を目撃して、度肝を抜かれたのである。驚愕したのである。
 因みに、マルコがここで描いた人々の「驚き」は、空虚な墓を訪れた婦人たちの「驚き」と同じ言葉で表現されている。この事実からも、この時の人々の驚きがどれほどのものであったかが分かる。マルコは、この驚きを私たち読者にも追感するよう求めているのである。私たちも度肝を抜かれたい、圧倒されたい、心を打たれたいと思う。

 一体、人々を驚きで満たした悪霊追放において何が起こったというのか。山形孝夫は『砂漠の修道院』の中でこんなことを言っている。「古代ユダヤの社会において『病気なおし』と救済が、その最頂点で出会うのは、狂気と癩においてである。」そして、病人たちは居住区外の不可触禁忌の隔離地帯に、生きながらに捨てられたのである。それがユダヤの掟だった、と。
 問題は、そうしたユダヤ社会にあって、いかにして主イエスは禁忌を犯し、不可触地帯の真只中に、侵入することができたのか。いかにして主イエスは、ユダヤ社会をがんじがらめにしばりつけ、ラビ達をひとり残らず汚染しつくしていた病気のメタファ、抑圧と差別の原理にむかって、ひとり、果敢に戦いを挑むことができたのか。いかにして主イエスは、「汚れた者」や「悪霊に憑かれた者」や「罪人」に背負わされていた負の価値を、プラスにむかって、一気に逆転し、「わたしが来たのは、義人ではなく、罪人を招くためである」と宣言することができたのか、ということである。
 マルコがこのことにどれほど強い関心を持っていたかは福音書の構造から判る。マルコは、主イエスがガリラヤ湖で4人の漁師を弟子として召されてから、2章13節で徴税人レビを弟子として召されるまでの間、つまり、「わたしが来たのは、義人ではなく、罪人を招くためである」(2:17)と宣言されるまでの間に、山形のいう「病気なおし」と救済がその最頂点で出会う狂気と癩の記事を置いているのである(1:21以下、1:40以下)。マルコは主イエスの活動の初めから一気に、私たちを主イエスの活動の最頂点、福音の中核に引きずり込むのである。マルコをして「十字架の神学者」と言わしめる理由がここにある。

 主の会堂に悪霊に憑かれた人がいたというマルコの状況設定は、山形の分析と一見反する。狂気と癩に冒された人は、人々が行き交う日常の場から引き離されて、「不可触禁忌の隔離地帯」に、生きながらにして捨てられていたからである。例えば、「レギオン」という名の悪霊を宿した人は「墓場」を住処にしていたとあるように(5:1以下)。しかしここは違う。この人は会堂に集う人々の中にいた!のである。
 この事実を黙想していた時、フランクルが『夜と霧』に記した言葉が呼び起こされた。フランクルは「深き淵より」で、血も肉もある人間が他の人間に、かくも残酷なことをすることがどうして可能なのかを問い、その知見をこう結ぶ。「ある人間が収容所の看視兵に属しているからといって、また反対に囚人だからといって、その人間に関しては何も言われないということである。人間の善意を人はあらゆる人間において発見し得るのである。従って一方が天使で他方は悪魔であると説明するようなことはできないのである」。
 主の会堂に悪霊に憑かれた者がいたというこのマルコの表現に強く心をとらえられた。「『キリスト者の神』は必ずしも常に『十字架につけられた神』ではないし、むしろそうであるのは極めてまれである」とのモルトマンの言葉が心を突く。キリストの教会で、悪霊に憑かれた者の癒しが起らねばならない。

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